金 大子氏の家屋
 楽民楼から西門へ出ると大通り端に南向で見掛けがよい広い大地に母屋そして付属建物、
片方には野菜畑があります。 母屋には広い板の間があり19世紀初に建てたと思われます。 母屋の台所と付属建物の軒の下の土壁で主要民俗資料第95号に指定されていて、
これは当時の韓国の中部地方の一般的な様子を見せています。 この家は大分の外の家より幅が深いですがそれはクロスビームを延長して内部を広げたのですから。 大分の百姓の家のようにビームを柱のてっぺんに縛り、
ジャンドクデ(醤油や味噌などを貯蔵する陶製のかめの置き場)の形、 礎、 階段石とクロスビームの桟の格子の形などはすこし異っています。 この家には台所と母屋の中間に竃の神(台所を守る神)を祭った跡や松火をつけた棚など19世紀の生活が思い出せるたくさんの物があります。
郭 炯斗氏の家屋
 19世紀後半の両側にベランダがあり中央に広い板の間がある典型的な南部地方の家屋で民俗資料第100号に指定されています。
家屋の両側と裏側のベランダも木の床です。 丈夫な木材を使ったのと仕組みで考えるとずいぶん豊かな村の吏員であったと思われます。 城内の藁屋の中で見掛けがよくて使われた部材も丈夫で立てられた形もしっかりしている建物で柱とビームは木の楔を刺して結び、
木の板を支えて補強しました。 家への入り道が狭くて長いですし、 石垣で、 下水口を板石に覆われ、 竹の木を始め木が家屋を取り囲んでいて、 入り口はプライバシが保障できるように仕掛けているのは朝鮮時代後期の一般的な家屋の配置を見せる典型的な例であると言えます。
楽安村の老巨樹
 楽安邑城の中には総15株の大きな老木があり、それをひっくるめて全羅南道の地方記念物第133号に指定しました。
樹齢100-400年のこの木は榎6株、 銀杏3株、 アカシデ 2株、 ムクノキ3株と欅1株です。 10株は昔の客舎の裏側の150Mの垣に沿って並んでいて、
アカシデ 1株と銀杏3株は客舎の前後庭にあります。 アカシデは高さ23mに周り9.4Mであり一番大きな2本の茎の周りはそれぞれ4.2mと6.4mです。 風を防ぐために大きな木を植えたのと見えます。











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