儒教教育
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近代教育
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民主教育
量的な膨張
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質的な発展
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現教育体系
儒教教育
西紀372年
高句麗王朝
の
太学
設立が韓国での公式的な教育の始めです。 初めは孔子の儒教を教育し後に仏教が追加されました。官僚になるための試験に少しでも役立てようと子供たちに上級教育のための準備段階として全国のあちらこちらに同じような教育機関が建てられました。
近代教育(1800年代)
19世紀一部の愛国者と海外伝道師が私学と国家教育機関を設立したのが韓国の近代教育の基礎です. 上位の優秀学生のための後続教育機関がありませんでしたが教育の重要性がだんだん 大きく考えられるようになりました。学校では実用的な科目を教え未来の韓国の指導者を育てるために日々骨を折りました。
民主教育(1945-1950年代)
1945年には35年間の
日本占領期間
から開放され民主的な教育の基礎を固めました。 小学校6年、中学校3年、高校3年の小中高教育体制を導入し、文盲をなくすための成人教育も 始められました。特に次世代の学生を教育するための認証された教師育成を重ねた大学も多く 建てられました。
1948年設立された画期的な教育法は自律教育体制を法制化し義務教育制度を導入しました。 教育法はすべての韓国民に教育を受ける機会を与え、すべての子供は小なくとも小学校6年までの教育を受けれるようにし、 その費用は無料でした。
量的な膨脹(1960-1970年代)
1960-70年代政治、文化の変化と共に急速な経済成長で韓国の教育システムは急速な 量的膨脹をなしました。 学生数が急上昇し、持続的な教師と教育施設の拡張にもかかわらず 増える学生数に追い付けず一つのクラスで80人以上の学生が授業を受け、それでも不足で クラスを午前と午後の二つの組に分けて授業しました。 (1953年戦後ベービブームで当時に生まれた子供達が育ち、教育適齢期になる1960年からひどくなる。)
混雑した学校に混雑した教室、教師と教育施設の深刻な不足が当時の教育風景でした。 さらに子供たちが上級学校に進学する時から入学試験の競争が激しくなり始め、政府はいくつかの正常化方案を講じました。 中学校無試験入学制度、地方大学と2年制大学の設立及び通信高校と通信大学の設立がそれです。
質的な発展(1980年代)
第5代
全斗煥大統領は学校教育の正常化や質的な向上のために絶えまない努力をなしました。 生涯教育をなすために"課外授業禁止令"(最近違憲判決で論難が続いている)や"託児所幼稚園教育支援法"を 制定し他にも教育放送を始め大学の卒業定員制を導入し教育税を追わせました。
現教育体系(1990年代)
大部分の韓国人は彼らの中高校時代を大学入試の準備のために送っています。ほとんどの学生は学校から帰って クラス メートより優勢な順位を占めようと私設学校(塾)や個人家庭教師を通じて外国語や数学、科学、国語、論述の ような必須科目の講義を補習します。相当の親たちは小学校から個人家庭教師をつけます(長い間個人教習自体が 不法だったが最近法廷からの違憲判決で申告制に変更。今までの論難の多い中で申告制の実効性は疑問である)。
政府は教育の質を持続的に強化する一方、義務教育の延長、高校教育の一般化、大学教育機関の 拡大など制度改善に尽力しています。
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